「惑星のさみだれ」を契約と再契約を用いて構造解析してみる
元ネタはゼロ年代における「契約から再契約へ」の想像力 - ピアノ・ファイア→王道はゼロ年代を超えて生きのこる。 - Something Orange。これを読んで、いままでよくわからなかった「惑星のさみだれ」のおもしろさについて解き明かせるのではと考えたので、挑戦してみる。
盛大に(というか、容赦なく)ネタばれを含むものとなりますので、未読のかたは御注意を。最新刊のネタばれも含みますので要注意。
「惑星のさみだれ」での契約
- 作者: 水上悟志
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2006/01/27
- メディア: コミック
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そこでこの作品の主人公である雨宮夕日は冷静に窓から騎士であるノイを放り捨てる。夕日はここで契約を放棄する。それ以降も、ノイを不思議な存在であることを認めながらも、契約を結ぶことはしません。
これは彼らの敵である泥人形に襲われたとしても変化しません。泥人形に襲われたあと、ノイに騎士になる代わりに願いを叶えてやるといわれても、「失せろ」と斬り捨てます。契約を受けたとしても、命の危険はあるし、時間やいろんなリスクがある。それを受けるならば、平穏と退屈であるほうがいいと、他で描かれている契約を前提として拒否しています。
他の作品では冒頭で契約を結ばせるパターンが多いのに対して、主人公自身が積極的に契約を拒否するかたちが特徴的です*1。
ちなみにこの水上悟志の冒頭の描きかたについてはHang Reviewers High / サイコスタッフさんが上手く書いています。例にあげられているのは『サイコスタッフ』ですが、「惑星のさみだれ」も似てます。
世界を守る契約か、世界を滅ぼす契約か
- 作者: 水上悟志
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2006/09/27
- メディア: コミック
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その相手は騎士の使いであるノイ…ではなく、守るべき姫――朝比奈さみだれとの契約です。そこでノイとの地球を守る契約とはまるで正反対の地球を砕く為の契約を結びます。
これを結ぶことで、夕日はトレーニングをはじめ、力を鍛え始めます。この段階ではまだノイとの契約は結ばれていません。だが、さみだれと契約を結ぶことにより、夕日は目的を与えられ、行動をはじめます。
そんな夕日がノイと契約を結ぶのはさらにあとになります。夕日の過去が明らかになり、自分の祖父を助ける為になって、やっと契約を結びます。
ちなみにここまでの展開を話数でまとめると以下のようになります。
夕日とノイが出会う →1話
夕日とさみだれが契約を結ぶ→2話
夕日とノイが契約を結ぶ →6話
夕日とさみだれは早い段階で契約を結んでいるのに対し、ノイと夕日はかなり遅い段階での契約となっています。
これは「夕日とさみだれの契約 > 夕日とノイの契約」という関係性を示します。それを証明するように夕日はさみだれに依存し、さみだれのつくる夢の空間には夕日以外が呼ばれることはありません。
更に地球を守ることと、地球を砕くことというまさに正反対の二重契約を行なっているのもこの作品の特徴です。ですが、ノイとの契約は泥人形を倒し、姫を守り、ビスケットハンマーの落下を防ぐところまでで、最終的に地球を守ることは契約に含まれていません。だから、二重契約ですが、同時履行は可能な状態となっております。
契約の対価とは何か
- 作者: 水上悟志
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2007/05/28
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ここでは契約の対価の話をします。各獣の騎士の契約に対する対価は以下のとおりです。
朝比奈さみだれ:?
雨宮夕日 :祖父の命を救う
東雲半月 :夕日に自分の技を与える
東雲三日月:?
白道八宵 :自分の家族が笑って死ねる
日下部太郎:花子の命を救う
宙野花子 :テレビに映っていた殺人犯を殺す
風巻豹 :アカシックレコードの掌握(但し、無理)
あとのメンバーはまだ描かれていないので省略します。
これをみると契約の対価は非常に軽い扱いであることがわかります。人の命を救うや、家族が笑って死ねるは個人としては大事なことですが、物語としては必要なことではありません。その証拠に夕日は自分の祖父の命を泣いてまですがったのにも関わらず、それ以降、祖父についてはほとんど触れられることはありません。
つまり、契約は必要だが、対価はさして必要な要素ではないということです。半月のように物語に直接影響を与えるものでなければ、契約の対価はさして必要ではない。だから、伏線として使うつもりでなければそれっぽいことに使ってしまうだけです。
ちなみに風巻豹の望んだアカシックレコードの掌握ですが、物語上で無理ということになっています。これは魔法使いを殺すなどと同じく、物語を根本から壊すことになるので禁則事項になっているのでしょう。
再契約の果てにあるもの
- 作者: 水上悟志
- 出版社/メーカー: 少年画報社
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「契約」を描いた多くの物語では、「その場の勢い」で契約したまま続けていた契約が、本当に正しい選択だったのかを問いかける、「契約の解消」と「再契約」のドラマが描かれる。
http://d.hatena.ne.jp/izumino/20080923/p1
どちらかといえば物語上、契約よりも再契約のほうが鍵になります。再契約をすることで、自分が契約をしたことで何をしなければならなかったのかをはっきりと認識することになり、契約をより強く自覚するようになります。
「惑星のさみだれ」のなかで再契約を結んだ人物。そこで上げられるのは、まず東雲半月でしょう。半月はさみだれと夕日に稽古をつけることで、自分の目的にあうかどうかを判断する。そのなかで、夕日が自分の目的にあう存在だった為、再契約を結びます。
次にあげられるのは日下部太郎です。太郎は花子の命を救うことを対価として払います。ですが、それがあるのにも関わらず、死しても花子を守ります。対価を払えば、助けられるにも関わらず、死して守ることで再契約が完成します。
それに対応して再契約を果たすのが花子です。花子は太郎が死ぬことによって、自分の軽い生きかたを悔い改めることになります。。そして太郎の仇である泥人形を倒し、料理人になることで本来の生を全うする意思を新たにし、再契約を果たします。
そのほかには師匠も再契約をした人のひとりでしょう。彼は幼い頃から豊富な超能力を持ち、予知能力すら備えている人物です。当然、自分の再契約の内容が何であるかすらを把握し、未来を子どもたちに託し、亡くなります。そういう意味では、自分の再契約が何であるかを自覚した上で行動しているところが、かなり特殊です。
ここで「惑星のさみだれ」のなかで描かれる再契約に一つの共通点がみえてきます。つまり、再契約を果たした人物は共通して死ぬことが多い。死んで、物語上から消えます。再契約をしても生き残るものもいますが、ほとんどのものが死ぬ結果を迎えています。
これは再契約をしたものは物語的な成長は見込めないため、死ぬしかないということだと考えます。つまり契約により課題を与えられ、再契約により課題を解決する。課題とは、役割とか、存在意義みたいなものにも繋がります。
それがなくなれば道は二つしかありません。死ぬか、背景(と同じ存在)になるか。稀に新たな役割を与えられる場合もありますが、それにしても課題をこなせば背景にもどるだけ。それならば死して最後の華を咲かせる。無論、死ぬことで他のキャラクタに影響を与え、作品の深みが増す場合のみですが。そうじゃなければ背景としてそのままスルーされるでしょう。
再契約を果たせば死ぬか、背景になるしかない。ですが、例外に当たる人物が一人います。主人公の雨宮夕日です。彼は主人公であることから、そのリスクがない立場にいます。何故ならば主人公は常に役割を与えられているため、死ぬことも背景になることもありません。もし主人公がいなくなれば、代わりに物語を動かす人物がいなくなるからです*2。
夕日の二重契約の意味
- 作者: 水上悟志
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契約とはつまり、目的(夢)のある者には「手段」を、手段(力)しか持たない者には「目的」を、凹凸関係のようにドッキングさせる「出会い」だと言えるだろう。
既に書いたように目的も、手段も持たなかった夕日は二重の契約を行なっています。ノイから手段を与えられ*3、さみだれから目的を与えられている。
つまり地球を救うだの、地球を砕くだのという問題は夕日の問題ではなく、さみだれの問題です。さみだれは愛する地球を自分のものにしたいという目的を持っていたところに、アニマから手段を与えられました。これからどうなるかはわかりませんが、現在は地球を砕く方向で動いています。おそらく本当に地球を壊すのか、それとも地球を守るのかを決するところがさみだれの再契約のポイントとなるでしょう。
ここから考えるに、さみだれの再契約如何について、夕日は再契約を結ぶことになると考えられます。さみだれの選ぶ再契約について、自分も同じ契約を結ぶのか、それとも別の道を進むのか。おそらくこの選択が物語終盤の山場のひとつとなる可能性が高いのではないでしょうか。この辺りは白道の動きなども含めて考えれば、さみだれと夕日がまったく違う選択を選ぶ可能性も考えられるため、どうなるのか楽しみです。
ちなみにノイとの再契約については東雲半月の対価によって半月の技が夕日に受け継がれた時点で済んでいます。それまであった鎖による表現がなくなり、半月の意思を受け継ぎ、泥人形と戦う決意がはっきりしました。狂気性がなくなったところからもわかりやすいかと。
今後の契約の流れはどうなるのか
- 作者: 水上悟志
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あとはさみだれの再契約の行方。再契約自体はまだまだ先になるかと思いますが、再契約の伏線となる家族のエピソードが、今後どれだけ積み重ねられていくかはさみだれの再契約の行方を想像する上での鍵となるでしょう。自分のために世界を砕かないところまで変わることができるのか。
しばらくは主人公の夕日がメインになることはあまりないと思われます。夕日はとりあえずの再契約は済ませていますので、他の人物との交流のなかで成長していく段階です。
「惑星のさみだれ」は他の作品と比べてもかなり展開が速いので、今後どうなるのかが予想もつきませんが、再契約も含め、楽しみに読んでいきましょう。
あとがきー
長々と書きましたが、私が書けるのはここまでです。気になるところがあれば、あとで追記します。「再契約の果てにあるもの」のところで再契約後に関して、かなり厳しいいいかたをしていましたが、私の力ではあの書きかたが限界です。申し訳ない。
あと、一回原稿をブログに載せて消していますが、これは内容におかしい部分があったためです。「夕日の二重契約の意味」の箇所は全面的に書き直しました。いくつかリンクが張られてしまい、こちらも申し訳ないです。
「惑星のさみだれ」は契約としてはシンプルな物語ながら、王道ではないのが読みどころです。どっちかといえば、契約と再契約を読み込む話なのかなと思い、書き始めました。その辺りの思いが、少しでも書けていれば、是幸い。